2010年6月13日日曜日

はやぶさ帰還

今日2010年6月13日に宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ」が地球に帰ってくる.帰ってくるといっても小惑星「イトカワ」の岩石資料を積んだカプセルをオーストラリアの砂漠に向けて投下した後に大気圏で燃え尽きてしまうのだが.

このはやぶさは数々の記録を持っている.
現時点では次の9つ
・世界初のマイクロ波放電型イオンエンジンの運用
・世界初の宇宙用リチウムイオン二次電池の運用
・世界初のイオンエンジンを併用した地球スイングバイ
・世界初の地球と月以外の天体からの離陸
・世界初の地球以外の天体における,着陸した姿のままでの離陸
・世界初の宇宙機の故障したエンジン2基を組み合わせて1基分の推力を確保
・遠日点(1.7天文単位)を通過.イオンエンジンを搭載した宇宙機としては,太陽から史上最も遠方に到達(ドーンにより更新される予定)
・光学的手法により,自力で史上最も遠い天体への接近・到達・着陸・離陸
・最も小さい天体への着陸・そこからの離陸
さらに今後成功した場合は
・世界初の月以外の天体からの地球帰還(固体表面への着陸を伴う天体間往復航行)
・世界初の小惑星地球衝突を想定した国際的訓練および実験の実施
・世界初の月以外の天体の固体表面からのサンプルリターン
の3つも加わる.このような成果を上げながらも事業仕分けで予算が削られるとはわしには理解できない.

NASAのように潤沢な予算が組まれているわけではないJAXAがこのような成果を上げるとは日本人として鼻が高い.しかしこれらの華々しい成果に至るまでの道のりは並大抵ではない.次にはやぶさ打ち上げからJAXAが直面した困難とその対処を抜き出す.

2003年5月9日
13時29分25秒にM-Vロケットで「はやぶさ」打ち上げ.
同年9月
搭載するイオンエンジンのうち1基 (A) は出力が不安定なため運転を見合わせたが,残り3基は計画通りの動作をしており,推進時間は1,000時間を越えた.この時点で地球から52,000km 後方を飛行中であった.
同年10月末から11月
観測史上最大規模の太陽フレアに遭遇.搭載メモリのシングルイベントアップセットや太陽光電池の出力低下が発生したものの,幸いミッション遂行への影響は軽微で済んだ.
2004年7月31日
リアクションホイール(姿勢制御装置)3基のうち1基が故障したため,2基による姿勢維持機能に切り替えて飛行した.なお,当初より2基の運用も想定されていたため,支障なく運用.
同年10月2日
リアクションホイールがさらにもう1基故障した.残ったリアクションホイールはZ軸の1基であり,これだけでは姿勢制御が不可能なため,化学エンジンを併用して姿勢制御を行い,観測が続行された.
同年11月4日
イトカワへのリハーサル降下中に異常が発生し,降下を中止.
同年11月12日
3度目のリハーサル降下を行い,高度55メートルまで接近.探査機ミネルヴァを投下.ミネルヴァは搭載機器は順調に機能したものの,重力補償のためのスラスタ噴射の最中,上昇速度を持った時点で分離してしまったため,イトカワへの着陸には失敗した.
同年11月20日
高度約40メートルで88万人の名前を載せたターゲットマーカーを分離.マーカーはイトカワに着地した.はやぶさは降下途中に何らかの障害物を検出し,自律的にタッチダウン中止を決定し上昇したものの,再び秒速10cmで降下を始めた.はやぶさは2回のバウンド(接地)を経て,約30分間イトカワ表面に着陸した.このときは受信局の切り替えでビーコンが受信できない時間帯であったため,地上局側は着陸の事実を把握できておらず,通信途絶が長すぎることを不審に思った管制室の緊急指令で上昇,離陸した.地球と月以外の天体において着陸したものが再び離陸を成し遂げたのは世界初である.タッチダウン中止モードが解除されないまま降下したため弾丸は発射されなかったが,着陸の衝撃でイトカワの埃が舞い上がり,回収された可能性がある.これがイトカワのものならば,小惑星からの試料採取に世界で初めて成功したことになる.
同年11月26日
2回目のタッチダウンに挑戦.降下中に前回投下した署名入りターゲットマーカーをイトカワ表面上に確認.新たにマーカーを投下すると2つの目印を見て混乱すると判断し,急遽マーカーの投下を止め,前回のものを用いた.日本時間午前7時7分,イトカワに予定通り1秒間着陸し,即座にイトカワから離脱した.地球の管制室には「WCT」の表示.これは弾丸発射を含めた着陸シーケンスが全て正常に動作したことを示している.離脱の際にスラスターB系から燃料のヒドラジンが探査機内部に漏洩したが,弁を閉鎖し漏洩は止まった.
同年11月27日
はやぶさへの姿勢制御命令が何らかの原因で不調に終わる.漏洩した燃料の気化による温度低下でバッテリーが放電し,システム広範囲の電源系統がリセットされたと推定されている.姿勢を制御するスラスターは2系統 (A/B) とも推力が低下し,はやぶさの姿勢は大きく乱れる.
同年11月28日
通信が途絶するが,翌日,ビーコン通信が回復.
同年12月2日
化学エンジンの再起動を試みる.小さな推力は確認できたが,本格的な始動に至らず.
同年12月3日
探査機の姿勢が乱れていることを確認.緊急の姿勢制御法として,イオンエンジンの推進剤であるキセノンガスの直接噴射を採用,ただちに運用ソフトウェアの作成を開始.
同年12月4日
上記のソフトウェアが完成し,キセノンガスの直接噴射による姿勢制御を試み,成功.
同年12月8日
再度の燃料漏れが発生.機体はみそすり運動を始めた.キセノンガスを使っても姿勢を制御することは出来ず,9日以降通信が途絶した.
2006年1月23日
はやぶさからのビーコン信号が受信される.
同年1月26日
状況が少しずつ明らかになる.12月8日の姿勢喪失後,太陽電池発生電力が極端に低下し,一旦電源が完全に落ちた模様.搭載のリチウムイオンバッテリは放電し切った状態.かつ,バッテリの11セル中4セルは使用不能.また,化学エンジンは,すでに12月上旬には燃料をほぼ全量喪失した状態にあったが,この間さらに,酸化剤も新たに漏洩し,残量が全くない状態.イオンエンジン運転用のキセノンガスは,12月に通信が不通に陥った時点の状態の圧力を保っており,残量は約42 - 44kgと推定.
同年5月31日
イオンエンジンBとDの起動試験に成功.
同年7月
姿勢制御に使用していたキセノンガスの消費量を抑えるため,太陽光圧を利用(ソーラーセイルと同じ原理)したスピン安定状態での運用に切り替える.
2007年4月20日
スラスタBとDによる2基の同時運転を想定してイオンエンジンをテストしていたところ,スラスタBの中和器が電圧上昇を起こして停止したため,スラスタD の単独運転に変更.
同年4月25日
地球帰還の為、本格巡航運転を開始.巡航運転に先立ち,姿勢制御プログラムの書き換えを行った.巡航運転時のはやぶさは,ヨー軸・ピッチ軸については,唯一生き残ったZ軸のリアクションホイールと,本来,イオンエンジンの推力軸調整用であるジンバル機構を併用して姿勢制御を行い,ロール軸については太陽光圧を利用して姿勢制御を行う.
同年7月28日
スラスタCのイオンエンジンが点火に成功.スラスタDを温存のため停止してCの単独運転に切り換える.
2009年11月4日
イオンエンジン1基(スラスタD),中和器の劣化により自動停止.
同年11月11日
スラスタA(打ち上げ直後から使用停止)の中和器と,スラスタB(2007年4月から使用停止)のイオン源の複合モードで帰還運用を再開.スラスタCは万一に備えたバックアップと位置付けられ,以降は基本的にA-Bが使われるようになる.夏以降の軌道計画見直しにより必要なデルタVは合計 2,200m/sと若干増加していたが,この時点で残り200m/sあまり.
2010年6月13日
地球帰還カプセル切り離し.星姿勢計(スタートラッカー)でカプセル撮影.13時51分(UTC)[日本時間22時51分]に地球へ再突入.オーストラリアのウーメラ立入制限区域へ落下する見込み.


以上をまとめたMADが次のリンクから見れる.
http://www.youtube.com/watch?v=6kZbeAK-vBE

日本の科学技術力ももちろん褒めなければいけないが,それ以上にJAXAの職員および関係者の努力と工夫には頭が下がる.普通はこれだけの困難に直面すれば諦めるだろう.それをまず打ち上げ前の設計の段階から2重3重の保険で安全を確保し,実際に打ち上げた後にそれを超える困難が立ちはだかった時には頭を使って対処する.素晴らしい.日本国民としてJAXAの職員および関係者を誇りに思う.そしてありがとうと言いたい.はやぶさを日本を代表とする探査機にしてくれたことを,無事にはやぶさを地球に向かわせてくれたことを.ここまでの努力をしてくれたのだから,もし仮にカプセルが地球に届かなかったとしても,カプセルに何も入ってなかったとしても誰も非難する人はいないだろう.ちょっと気が早いがはやぶさお帰りなさい,そしてJAXAの職員および関係した方々7年もの間本当にお疲れさまでした.

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