歴史に関して日本国政府がどれほど謝罪を重ねてきたかを調べてみると、その夥(おびただ)しさに愕然(がくぜん)とする。ざっと見て、日中国交正常化当時の田中角栄以来、菅直人首相の談話まで、実に36回に上る。
歴代の首相、官房長官、昭和天皇および今上天皇の発言の一覧表を前にして、なにゆえにわが国はこれほど心からの反省を誓い続けるのかと暗澹(あんたん)たる思いである。
8月10日の菅首相談話は、仙谷由人官房長官、鳩山由紀夫前首相ら、民主党政権首脳の合作である。同談話に執念を燃やした仙谷長官の役割はとりわけ重要だ。明らかに早い段階から新たな謝罪談話発表に強い意欲を抱いていた氏は、7月7日の日本外国特派員協会での会見で韓国への戦後補償は不十分と表明した。同月16日の会見では、談話の内容は「私の頭の中に入っているし、官房で多少イメージしている」と語った。
だがそれは、菅、鳩山両氏らと共有されてはいても、その外側には杳(よう)として伝わってこなかった。官邸が民主党側に内容を伝えたのは発表前日だったといわれる。
党に諮るどころか、全文を事前に見せもせず、検討、議論の時間も場も与えずに承諾させる手法が、仙谷氏の流儀である。その手法は、「仙谷よ、お前もか」と言いたいほど、小沢一郎氏のそれにうり二つである。小沢氏の独裁的手法に反発した本人が第二の小沢になっているのである。
菅、仙谷、鳩山氏らの連携作業は謀議と呼ぶべきもので、仙谷氏らが独裁者の手法を用いて秘密を保持しつつ閣議決定した菅談話には、未来永劫(えいごう)、村山談話と同質の卑怯(ひきょう)なだまし討ちの影がついて回るだろう。
菅、仙谷両氏は、恰(あたか)も国民の意思を代表するかの如く、談話を発表したが、歴史についての知識や理解は恐ろしいほどに貧しく、国家観を欠落させた氏らにその資格はないだろう。
名著「日韓2000年の真実」を著した名越二荒之助(ふたらのすけ)氏は、アヘン戦争から日韓併合に至るまでの約70年間は日韓両国ともに最も波乱に富んだ深刻、複雑な時代であると書いた。日韓の学者の中に、日清戦争も韓国併合も日本にだけ責任を負わせる人が多いのは残念で、韓国自身の責任を取り上げないのは、韓国のためにならないと、日韓の歴史研究に心血を注いだ名越氏は指摘している。
「アメリカの鏡・日本」の著者、ヘレン・ミアーズ氏は、「一九一〇年、日本が韓国を併合したのは、新皇帝が請願したからだった」と書いた。日本が悪と見なされた敗戦直後に、日本を公平な目で観察し、静かに真実を積み重ねて著した同書に、マッカーサーは激怒した。日本での出版を禁じられた同書が日の目を見たのは占領終了後の1953(昭和28)年だった。
ミアーズ氏は日韓併合について、日本は一つひとつ手続きを外交的に正しく積み上げていた、そして宣言ではなく条約で、最終的な併合を達成した、と書き、「列強の帝国建設はほとんどの場合、日本の韓国併合ほど合法的な手続きを踏んでいなかった」と記した。
日露戦争までは描いたが、その後の日本の戦争については拒否感を示して描かずに逝った司馬遼太郎氏でさえ、当時の国際社会を、「植民地になるか、産業を興して軍事力をもち帝国主義になるかの二者択一の時代」と位置づけ、「侵さず、侵されずの平和幻想は粘土細工の粘土のようなもの」つまり、如何(いか)ようにも作り上げ得るものだと述べている。
いずれも、歴史を現在の価値観で断ずることを戒めているのだ。だが仙谷氏の発想はおよそすべて現在の価値観に基づくのみならず、事実誤認も目につく。氏は談話発表直前の8月4日、こんな発言をした。「植民地支配の過酷さは、言葉を奪い、文化を奪い、韓国の方々に言わせれば土地を奪うという実態もあった」
この程度なのである。韓国は長年、日本人が土地を奪った、実に全国土の四割を奪ったと教科書に記述し、教えてきた。だが2006年2月、この説はソウル大教授の李榮薫(イ・ヨンフン)氏らの研究で全面否定された。李教授はじめ一群の研究者らの調査で、日本総督府が土地を奪って日本人に与えた事例は皆無だったこと、総督府は土地紛争をめぐる審査においては「公正であった」ことが発表された。
右の学術報告は、わかり易い文章にされ、史実の歪曲(わいきょく)が少なくない現行教科書に替わる「代案教科書」として発行された。同書はここ数年のベストセラーであり、韓国の教育科学技術部(文科省)が高校教科書に修正要求を出す事態も発生している。
官房長官が未(いま)だにそうした事実も知らずに発言する知識不足の内閣は、日本と日本国民にとって、不幸と災いの内閣である。韓国にとっても非建設的である。
100年の歴史をふりかえるにしても、植民地時代をはるかに超える長さになった日韓基本条約締結後の日韓の協力をこそ、より前向きに評価し、強めていくことが重要ではないか。とりわけ北朝鮮の脅威の前で、日本は韓国の未来の安定に資する政策を取らなければならない。そのために、たとえば普天間移設問題を責任を持って急ぎ解決しなければならないことくらい、認識してほしいものだ。
2010年8月12日産経新聞より引用-----
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